2011年06月01日

2011年6月巻頭言

巻 頭 言

 今年は、早くも梅雨入りをし、うっとうしい季節となりました。子ども達にとっては、外で遊べない日が多くなるでしょうが、生きるものにとっては恵みの雨です。雨の季節を感じ、のんびりとお家の中で過ごしましょう。


 さて今回は、さくら学園の大きな目標である「自主自律」について考えてみましょう。
「自主自律」とは、様々な社会の中で自分を上手にコントロールしながら適応し、自分自身が主体となって生きていく力だと考えます。自主自律の実現には自立が不可欠です。

人は十月十日、母体の中で100%守られて成長します。そして誕生と共に他とのかかわりの中で、自分で生きる第一歩を踏み出します。

おっぱいを飲む、おしっこの世話、だっこなど、すべてが主に母親の手で行なわれる時期です。と同時に赤ちゃんは多くのことを経験から学んでいます。

 私がペアクラスでよくお話しするトイレトレーニング(トイレコミュニケーション)もおしっこはおしめにするのではなく、トイレでするもの(放尿感を味わう)ということを経験させて習慣化すれば、楽におしめをはずすことができます。
 食事もスプーンを持って自分で食べようとします。いずれも1才前の時期の話です。
 
 つまり、この時期から自分が主体となって生きていく力が育っていっているのです。誕生と共に自立のスタートです。そう考えると親はひとつひとつを自立へ向けて丁寧に教えてあげなければなりません。身につくまで、気長に習慣化するまで続けていくことが大切です。

 例えば、あいさつをすること――子どもにあいさつしろと求めるばかりではなく、親が家族や近所の人に大きな声であいさつするのです。その姿を子どもに見せましょう。
 上手に食事をする――親が上手に箸を使い、楽しく一緒に食べましょう。途中で席から離れたり、遊び出したら終了です。後から食べる、おやつで補充するはなしです。食事の時間にしっかり食べることを習慣化しましょう。もちろんテレビは厳禁です。食べることに集中できません。
公共の場でのマナー――買い物や病院・公園などルールを決め自分の好き勝手な行動がゆるされない場であることを経験することも大切です。そうして、自分の行動や感情をコントロールすることを学ぶことが出来ます。

 細かなことを考えていると、うーん、親は大変!!と思ってしまいますが、それが親の責任でもあります。家庭はルールやマナーを経験し、習慣化し、自立していく場であり、やっていいこと、悪いこと、何が正しいかを身につけていく場です。社会に出る前の練習の場です。
それは、わかっているんだけど、うまくいかない!というのが現実です。


そういう方にアドバイスを。
まずあせらないこと。子育てにあせりは禁物です。
 他の子と比べないこと。諦めないこと。鈴木先生のお言葉通りです。
 こんなはずではない、こんな状態はダメだ。こうあるべきだとあせって、
 そのギャップをなんとか埋めようと、子どもを責めたり、自分を責めたり、
 無理なステップアップをしたり…
 これは逆効果です。
 今の子どもの現状をそのまま受け入れ、そこからスタートしましょう。
 受け入れてあげることで、子どもも親を信頼してくれます。反発も少なくなります。

子どもかわいさで、ルールが甘くなっていませんか。 泣いてかわいそうだから…。まだ小さいのにルールなんてかわいそう…。
 そう思われて、自立できない子どもになるほうがかわいそうです。
 いけないことはいけないときっぱりとした姿勢をとりましょう。

習慣化するまでサポートしていますか。 一度言ったからといってできるものではありません。
 できるまで根気強く、共にやり続ける。できるようになれば、習慣になるまで、見守る。
 背中越しに「できた?」とかではなく、真正面で見届けることが、子どもの自信につながります。

子どもの悪いところばかり気にしていませんか。
 その意識は、子どもにも伝わり、悪い方向に進んでしまいます。
 良いところを認めて伸ばしてあげましょう。

 子ども達の明るい未来のために、自主自律を確立していきましょう。


白神 弘子



posted by sakura at 16:46| 岡山 ☁| Comment(0) | 巻頭言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月02日

2011年2月巻頭言

巻 頭 言

平成23年1月31日


 毎日寒い日が続きますが、子ども達は元気に活動しています。インフルエンザも蔓延することなく過ごせていますが、これからも手洗い・うがい等、しっかり予防して参りましょう。

 今月は、教育学博士、石井式漢字教育の石井 勲先生の文章をご紹介致します。


「学習は楽しいもの、苦しいのは勉強」


 「学習」と「勉強」の違いを御存じでいらっしゃいますか。学習している子供と、勉強している子供と、その様子を外から見ただけでは区別できません。それは、その子供がどんな気持ちで本を読み、字を書き、問題を解いているかによって、それが「学習」になったり「勉強」になったりするからです。
 この違いは、これらの言葉の歴史に由来します。「学習」という言葉は、論語の「学びて時にこれを習う、また喜ばしからずや」に由来します。
 「学」は「まなぶ」と読みますが、昔は、「まぶね」と言い、それは「真似る」ことでした。卵からかえった雛鳥が、親の羽ばたきを見て羽ばたきをするのが「学」ですが、学だけでは飛べるようになれません。それを何十回、何百回と繰り返すことによって飛べるようになるのです。
 「習」は「羽ばたきを百回繰り返す」という意味の字で、羽と白(昔の百の字)とを組み合わせて作った字です。雛鳥は、真似る(学)こととそれを繰り返す(習)ことによって、それまで出来なかった事(飛ぶ事)が出来るようになりますが、これは人間でも同じです。
 学も習も生き物の本能で、この本能の御蔭で出来ないことが出来るようになり、いろいろな能力を身に付ける事が出来るのです。それが生きる喜びの源泉なので、「学びて時にこれを習う、また喜ばしからずや」と言ったものです。
 「勉強」という言葉は、大学・論語・孟子と並んで四書と呼ばれる中庸の中の「勉強してこれを行う」という言葉に由来します。課せられた仕事(それは多くは大変な仕事であり、やりたくない仕事)を我慢し、努力してやることを「勉強」というのです。つまり、やりたくて楽しんでやる「学習」に対して、命ぜられて仕方なしにやるのが「勉強」です。だから、試験のためにやるのは「学習」ではなくて「勉強」という事になります。
 「勉強」であっても、やればやったなりの効果があって、「学習」と同じ効果があるように見えますが、実は「勉強」の効果は一時的なものであって、長期的に見ますと決して同じではありません。
 みなさんはきっと試験のために「勉強」したことがおありだと存じます。その時覚えた知識は、一つとして記憶に残っていないと思いますが、いかがでしょうか。それは「勉強」で蓄えた知識はせいぜい試験が済むまでの間しか保持できず、試験が済めば忘れてしまうのが頭脳の働きの常だからです。

 これに反して、「学習」して覚えた知識は覚えようとして覚えたものではなくて、ひとりでに頭に蓄えられたものですから、たいてい一生忘れることがありません。子供の頃楽しんで歌った歌は、その後全く歌わないでも、よく覚えていて自然と口から出て来るんでしょう。
 知識を大事に思う余り、私たちは子供の関心を無視して知識を詰めこもうとしがちですが、そうして得た知識は一時的なものだという事をよく認識して、楽しい「学習」をさせる事に努めて下さい。それは、親が良い手本を見せることから始まります。



 先日ペアクラスで、お母さんがした簡単な遊びをすぐ真似っこして、何度も遊んでいました。それを見て、学びのスタートは真似るからなんだと改めて思いました。さくら学園の基本になる母国語教育(日本で生まれて育てば、日本語が自然に喋れる)がこれと同じで、毎日お父さんやお母さんの話す言葉を聞いているうちにお喋りができるようになるのです。「まんま」「ママ」等をどんどん真似て語彙を増やしていきます。子どもは生まれてから、多くの事を五感を通して吸収し、体を使って真似る事でたくさんの事を身に付け、学習していきます。
 園でやっている活動も「学習」です。毎日の繰り返しによって、子ども達は出来る事が増えていきます。それが喜びにつながり、やる気、生きる力となっていきます。ここで注意しなければならない事が2つあります。ひとつは正しいお手本を見せる事、正しい事、本物を見せる事です。もうひとつは、たくさん繰り返す事です。1回でできる事もあれば、何十回もお手本を見せてやらなければならないこともあります。そういう時でも、常に穏やかに、何度でもお手本を見せれる心のゆとりと温かさが必要です。子どもの成長や心を無視して能力を高めようとすると、それは「勉強」になってしまいます。

   子育ては焦ってはいけません。諦めてもいけません。他と比べてもいけません。

「急がない  比べない  休まない」
   鈴木先生のお言葉を心に刻んで、子育てをしていきましょう。

園長  白神 弘子
posted by sakura at 17:27| 岡山 | Comment(0) | 巻頭言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月05日

2011年1月巻頭言

 皆様、あけましておめでとうございます。
 皆様ご家族おそろいで、良いお正月をお迎えのことと存じます。年末年始、大変寒い日が続きましたが、私も元気に、すがすがしい新年を迎えることが出来ました。
 夜明けは毎日同じようにやっては来ますが、やはり一月一日の朝は、ひと味もふた味も違い、感慨深いものがあります。
 2011年のスタートです。職員一同、気持ちを新たに頑張って参ります。

 子ども達の成長は本当に早いもので、日々成長し続けています。毎日が成長です。それに比べ、私達大人はどうでしょう。成長しているでしょうか。体や頭は下降気味、それがあたりまえのように、学ぶことを忘れがちになっていませんか?
 しかし、学ぶことを忘れ成長していない人が、子どもの成長には関われません。自分を棚に上げて子どもに口うるさくは言えません。
 理事長先生は、鈴木鎮一先生から多くを学ばれ、たくさんの本の中で、真の教育を追求されました。 私は、理事長先生のそばで、理事長先生から多くを学ばせて頂き、たくさんの良い本とも出会い、自分が成長する事が出来たと思います。そして、今も、時間の許す限り、本を読み、下降気味の頭を奮い立たせています、私はまだまだ理事長先生のようにはいきませんが、一歩でも近づけるよう、園の先生達やお母さま方に良い影響が与えられますよう、日々頑張っていかねばと考えています。私の新年の決意になりました。お子様の成長はもちろんのこと、お母様をはじめご家族の皆様の心の成長の役に立って参りたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

白神 弘子
posted by sakura at 14:07| Comment(0) | 巻頭言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

12月巻頭言

巻 頭 言
平成22年11月30日
 早いもので、今年も最後の月を迎えました。
 秋も足早にすぎ、そろそろ冬を感じさせるようになりました。昨年はインフルエンザの大流行で大変でしたが、今年はノロウイルスなどの流行が懸念されています。いずれも、予防には手洗い・うがいが一番のようです。気を付けて参りましょう。
 11月6日に行われたバザーでは皆様大変ご苦労様でした。当日までの準備から片付けまで、皆様それぞれが手際よく動かれ、さくら会のチームワークのよさを感じました。園や子ども達の為に、ありがとうございました。


  さて、先日山陽新聞で次のような記事を読みました。ご紹介します。


滴一滴
 聞いた途端に心に刻まれ、折りに触れて思い出す言葉がある。「いのち言葉」。岡山県内のスクールカウンセラー森口章さんに教わった。
 「疲れているね」などと相手を癒やし温める言葉である。これに対し「早くしなさい」などの相手に何かをさせるための言葉は道具言葉と呼ぶそうだ。日ごろどちらの言葉を使っているだろう。
 多くの人がハッとする。親子や夫婦、そして職場の会話からいのち言葉が消えていることに。競争に勝つためにと効率化を求められ、多忙感が増す社会の反映だろうか。森口さんはいのち言葉のない世の中を「砂漠のよう」と表現する。
 荒れ野に咲く小さな花のような存在かもしれない。岡山市北区の「フリースペースあかね」。開設10周年を迎え、あす市内で記念の集いがある。不登校をテーマに岡山県民の支援で作られた映画「あかね色の空を見たよ」(2000年)の収益金で開設され、有志が運営している。
 子どもだけでなく大人の居場所にもなり、ここで元気を取り戻す人は少なくない。何度か訪れて気づいた。元気の源はそこで交わされるいのちの言葉、そして相手を見守る温かなまなざしだと。
 殺伐とした世の中をすぐに変えるのは難しいが、個人やそのつながりで変えられるものもある。砂漠に咲く花は一つだけではあるまい。


 「ことば」の大切さをわかりやすく伝えてくれている記事です。これを読んだ時、一日の中でどれくらい「いのち言葉」を使っているかな、と反省しました。現在我が家には、受験生が2人います。やはり勉強しているかしていないかが気になり、していない時の注意が先行しがちですが、なるべくそれを呑み込んで、勉強している時「がんばってるね」「お疲れ様」。家事の手伝いをしてくれた事には「ありがとう、助かったわ」などの言葉を忘れないようにしています。そうすると、自分で計画を立てて勉強したり、家の中の空気も。温かくなります。道具言葉が先行すると、ろくな事にはなりません。後に残るのは、悪い空気と、孤独感です。いや、私達がもっと自己中心的であったり、鈍感であれば、悪い空気や孤独感さえ感じず、自分の言った道具言葉をどうして分かってくれないのか、その通りにしてくれないのか……。と相手を批判してしまうでしょう。これはもう負の循環です。
 そうならない為にはどうしたらいいか?それは私達自身が変わることです。理事長がよく言っていました。「親が変われば、子も変わる」と。私達、親が変わっていくこと(気持ちを変える、言葉かけを変える、行動を変えるなど)で、子どもは変わっていきます。私も我が家においては実践中です。まだまだ修行の身です。子どもの成長を願って、幸せな家庭を願って、いのち言葉を使い、美しい花を咲かせましょう。

                            園長 白神弘子



シングルエイジの為のきららこころの詩集3(ゆり組使用)より

 「こころにさく花」      大柳 真希子(六歳)

 こころのなかに花がさく。

 ともだちとなかよくあそんだときは、あかい花

 おてつだいをしてほめられたときは、ピンクの花

 ともだちとけんかをしていやな気持のときは、ブルーの花

 わるいことをしておこられたときは、くろい花

 みんなにやさしくしていいことをしたときは、きんいろの花


 こころのなかに、

 いろんないろのはながさく。

 きれいな花がさくときもちがいい。

 いつもいつもいつまでも

 こころのなかに

 きれいな花をさかせたい。
 
posted by sakura at 17:32| Comment(0) | 巻頭言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月06日

10月巻頭言

猛暑もやっとおさまり、秋らしくなって参りました。
「暑さ寒さも彼岸まで」昔の人は、季節の移り変わりを上手に表現されたものです。
急激な変化に体がついていくのが大変です。体調には充分気を付けて参りましょう。


 さて秋本番を迎え、夏の厳しい暑さで短くしていましたマラソンやローテーションを本格的にすることができるようになりました。
朝一番の清々しい時に、運動する事で、体を鍛え、頭を活性化し、一日の活動のスタートを切りたいと思います。また、運動会の練習に各クラス盛り上がっております。ご家庭でも運動会の練習の話題で会話が弾みますよう耳を傾けてあげて下さい。聞き上手になることで、子ども達のやる気もどんどん大きくなってきます。

 秋は、幼稚園の新入園児さん募集の時期です。さくら学園にも見学に来られる方も多く、9月10月に入園の方もおられ、うれしく思います。
さて、既に在園の皆さんは、さくら学園のどのような所が気に入って入園されましたか。また、園にどのような事を求められていますか。

 さくら学園は、子ども達の無限の能力を引き出し、子ども達の経験をその繰り返しによって大きな能力にすること、自主自律のできる子どもを育てること、が大きな目標にあげられます。大きな能力を育てることは、よい活動をより多く繰り返すことで培われていきます。鈴木鎮一先生の言葉にもありますように「急がない、比べない、休まない」です。

 自主自律とは、自分のことは自分ですること、自分を上手にコントロールし、周りの状況や相手を理解、判断し、的確に対応できることです。この力は子ども達がこれから先、大きな社会(環境)で生活するためには最も重要な力です。子どもは、親や大人の姿を見て育ち、たくさんの経験を通して、この力を習得していきます。
そのスタートがさくら学園ではペアクラスであり、たんぽぽ組なのです。自我が出てくるこの年齢は、子ども達の体験全てが自主自律へ繋がっています。そして、卒園までの間に多くの経験をすることでその力は大きくなっていきます。「つ」のつくまでと言われる9歳ぐらいまでが重要な時期なのです。親は卒園したからといって安心はできません。

 能力作り、自主自律、いずれも主体は子どもです。親や先生ではありません。危険回避や失敗を恐れて、あるいはしつけのために指示や命令が多くなると、子どもの経験は激減し、子どもの自然な成長を妨げることになります。あくまで子どもが主体ですから、経験すべき失敗や危険なこと、喜怒哀楽に繋がることを数多く経験することが重要なのです。そうすることで、子ども達には刺激となって脳に伝わり、処理の為に脳が働き、脳が活性化されるのです。つまり能力が大になるのです。

 さくら学園も子どもをいつも主体におき、子ども達が様々な経験ができるよう毎日を反省し、常に良い環境作りを心がけ努力しております。園児さん募集のこの時期、私達は今の子ども達にとって必要な環境、お母様へのアドバイスなど、さくら学園の在り方をもう一度再確認しました。

 ご父兄の皆様もどうぞ、園の目指す方向をより一層理解し、同調して頂きますようお願い致します。園だけでは、子どもの成長はゆるやかです。限られた6歳までの間ですから、お父様お母様の温かいサポートと園生活で子ども達を大きく成長させて参りましょう。

園長 白神 弘子
posted by sakura at 15:48| Comment(0) | 巻頭言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。